台湾雑記-台湾紀行その2-
(台湾博物館)
私は外国に行くとき必ず行くところがある。一つは博物館であり、もうひとつは大学など教育機関である。それらを見るとその国なり、その都市の文化に対する姿勢が分かり、したがって国民性が分かるからである。
国立台湾博物館はルネッサンス様式の建物であり、実はこの建物は日本統治時代に日本の建築家によって作られた洋風建築である。この博物館だけでなく総督府をはじめ多くの建築物、鉄道、電力設備、ダムなどが日本人によって作られている。あまり日本人が、日本人がというと台湾の人たちはいい気持ちがしないのではないかと思っていたら、前回書いた李さんは「事実その通りなんだ」とあっさり認めた。しかし、それにしても、とわたしは思う。1900年代初期というと明治維新後、日本が急速に近代化を始めたころである。その頃の日本国内にそんな人的、経済的、技術的な余裕はなかったはずである。植民地経営の一面だけでは説明がつかない。やはりその頃の日本人には利害、打算ではなく新しい国土を作ろうという一種の理想に燃えていたのだと思う。試行錯誤して西洋から取り入れ、完成させた建築や鉄道や電力などの技術を台湾で実現しようというそういうロマンチシズムがあったのではないだろうか。だから現在でも感謝する人はいても反発する人が少ないのだろう。
(二二八事件)
台湾の
人たちの心に深い傷を残した歴史的な事件がある。私自身も台湾に行くまで知らなかったことである。日本が戦争に敗れ台湾を去った後、国民党が統治を始めた。台湾住民とのちょっとしたトラブルから抗議行動が発生、全土に広がった。これを鎮圧しようとした国民党政権により以後40年にわたって弾圧が行われた。これを二二八事件といい、「白色テロ」という言い方もされている。1992年政府の発表では2万8千人が犠牲になった、という。多くが日本統治時代に教育を受けた知識人層であったといわれている。
この事件はつい最近まで公にされることはなく人々の間で語り継がれてきた。アカデミー賞受賞の映画「非情城市」(侯孝賢監督)はこの事件を描いたものである。こういうことを考えていくと台湾の人たちが親日的である理由の一つにはこういう事件の影響もあるのだろうと私は思った。
(道教)
台湾の至る所に道教のお宮さんがある。大きいのから小さいものまでほんとうにどこにでもある。日本の神社のようなものだ。日本の神社も大きいものから村の鎮守の神までどこにでもあるがそれと似ている。祭っている神様はといえば三国志の関羽や伝説上の黄帝など何人かいるようだが、民間信仰として地元に貢献したような実在の人も祭られている。この辺は日本の神道と似ているので日本人にはたいへんわかりやすい。
日本と違うのは姿が派手であることと信仰に熱心であることである。大きいお宮さんでは朝早くから夜も遅くまで熱心に拝んでいる人たち姿を見かける。宗派もいろいろあるようだが簡単に言えば理論的に厳格な原理主義の宗派とより世俗的な宗派に分かれるようである。両者はむかしは大規模な抗争にまで発展したようだが、今は共存共栄している。
神仙思想も道教の中に取り入れられており、前回書いたように台湾の人と話していると時々仙人の話が出てくる。こういう文化的な背景があるのかもしれないが私の理解は未だ浅いところである。
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