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2005年8月17日 (水)

ボストンを歩く

boston  ボストンを含むアメリカの東北部をニューイングランドはいわばアメリカ発祥の地である。ボストンの南にプリマスというところがある。そこはメイフラワー号のピルグリムズ、ファーザースが上陸したところである。

 飛行機は成田空港からワシントンDCまで12時間、一旦ここで入国審査を受ける。
wellcome to united statesと看板はあるが入国審査官はとても歓迎しているような態度ではなかった。現在のアメリカは戦時国家でありテロの脅威にさらされている国であることは理解できるとしても気持ちのいいものではない。

 ワシントン空港でボストン行きに乗り換える。約1時間30分でボストン空港に着陸した。タクシーにてホテルに向かう。まず印象的だったのはホテルの窓から見た景色だっ。チャールズリバー沿いのあたりをバックベイと呼んでいるが、レンガ色の建物が並んでいた。以前訪れたドイツのハイデルベルグを思い出した。ボストンを含むアメリカの東北部をニューイングランドと称するがイングランドの風景はこんな感じなんだろうと想像した。この日はホテル周辺を散策して1日を終えた。

 翌日は独立戦争当時の史跡をめぐるフリーダムトレイル、自由への軌跡という散策コースを歩いてみる。なお日本でいう「アメリカ独立戦争」はアメリカでは「アメリカ革命」と呼んでいる。アメリカ人には自分たちの手で自由を勝ち取ったという意味で革命の方が気に入っているのかもしれない。

 アメリカ革命で子供たちに圧倒的に人気がある人物がポール、リビアという人である。日本人の私にははじめて聞く名前であるが書店の子供コーナーには何冊もその伝記や物語の本が並べられている。イギリス軍の接近を夜間、馬を走らせて市民やゲリラ隊に知らせたことで勝利に貢献したということである。歴史的にはこういう愛国者が大勢いたことだろうが通常は公式の歴史に名を残すことはない。

 日本でいえば坂本龍馬のような存在なのだろう。公式の歴史に名を残すことはないが国民に圧倒的な人気があり、すべての勝利はこの人がもたらしたというように伝説が作られたように。

 フリーダムトレイルはボストンコモンという公園から始まる。私はマサチューセッツ州議会、オールドコーナー書店と立ち寄りオールドシティーホールの庭にたどり着いた。そこにはベンジャミンフランクリンの像があった。フランクリンは多才の人である。もともとが印刷工であり、印刷事業でもそこそこ成功している。電気関係では様々な実験をし、多くの発見をしている。避雷針などは現在も使われており、原理的にはフランクリンの当時と変わっていない。やがて政治家になり道路を建設し、消防隊を組織化し、はじめての公共図書館を設立した。

 独立戦争前夜にはイギリス本国との交渉に当たり、結局決裂して戦争になるが独立宣言の草案にも寄与した。今でも米国人にもっとも人気のあるひとりである。

 さらにトレイルを進むと旧州会議事堂にいたる。1776年独立宣言が読まれたという。現在は展示場になっている。その建物の前の道路にボストン虐殺跡がある。ボストン市民には申し訳ないが「ボストン虐殺事件」はイギリス軍と市民がにらみ合っている中起こった偶発的な事件であった。独立派はこの事件をセンセーショナルに伝えることで独立運動を決定的にしたのである。

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