韓国旅行記、歴史探訪の旅(1)
私は隣国である韓国について何も知らないという現実に気がついた。先日、旅行会社の知人からさそいがあり、韓国行きが決まったが、隣国、韓国の地理、歴史、風土、言葉などなどほとんど何も知らない。それから1ヶ月の間、旅行ガイドを読み、歴史関係の書籍も韓国人が書いたものも含め、数冊読んで、基礎知識をつけた上で旅行にのぞんだ。
こうして3泊4日の韓国旅行が始まった。今回は少し硬めの「歴史探訪ツアー」である。最初の訪問地は佐賀県立「名護屋城博物館」からである。館長自らが説明にたつという力の入れようで、関係者の意気込みが感じられた。
高速フェリー「ビートル号」は昼過ぎに博多港から出発した。博多湾を出ると左手に壱岐、対馬の島々が見えてくる。その先はもう韓国である。約4時間で韓国、釜山(プサン)港に入港した。海からプサン市内を見たとき第1のショックがあった。わたしは日本の地方都市くらいを想像していたのだが、プサン市は高層ビルが林立する大都市であることがわかった。ホテルに入ってから韓国の歴史研究家、黄正徳氏の講演を興味深く聴き、夜10時をすぎてこの日のスケジュールは終わった。
韓国のホテル事情は日本とほとんど変わらない。また、主要ホテルではだいたい日本語が通じる。文字は漢字や英語はあまり使われず、ほとんどすべてハングル文字であった。だから看板の文字は全然読めなかった。韓国では日本以上に環境対策、ゴミ対策に力を入れているように感じた。ホテルのまわりは繁華街だったのだが、朝になってみるとゴミはそれほど出ていなかった。
2日目は7:30から始まった。プサン市近郊の城跡を巡り、次の目的地、晋州(チンジュ)市へ向かう。チンジュ市はプサン市から西へ約80Kmに位置する。そこでチンジュ城跡と国立チンジュ博物館を訪問した。チンジュ城は秀吉が朝鮮に出兵した「文禄、慶長の役」のとき激しい戦闘があり、朝鮮側の兵士、非戦闘員約6万人が全滅した、と言われている。国立チンジュ博物館はそれを伝え、展示する施設である。
当たり前ながら意外と忘れることがある。日本の英雄、人気者が外国では極悪人であることである。秀吉、清正と言えば戦国武将の中では日本で人気が高い。ところが韓国では極悪人なのである。私自身もそうであるが日本人はあまりによその国のことを知らなすぎる。隣国にしてこうなのである。
今日、多くの日本人が韓国を訪問し、観光地をまわり、ショッピングを楽しんでいるが、こういう場所を訪問する日本人は少ないらしい。それは日本語で書かれたパンフレット、案内板の類があまりに少ないことからも推察できた。日本人にとって触れられたくない事柄でもあるが、韓国側も日本人が来ることを想定していないようだった。
午後から次の目的地、統営(トンヨン)市に向かう。トンヨン市はチンジュ市から南へ約50Km、対馬海峡に面した風光明媚なリゾート地でもある。ここには韓国の国民的英雄、李舜臣将軍の廟や水軍基地の跡がある。ホテル到着後、無形文化財の「伝統勝戦舞」を観覧し、この日はオンドル部屋に泊まった。
翌朝、早く目が覚めたのでホテルのまわりを散策していたら、韓国の軍人がジープで乗りつけホテル内をパトロールしていた。早朝パトロールということで、観光客に配慮しているようだが、日本人の私には異様な光景に見え、韓国の置かれているもう一つの現実を見たような気がした。(j次回につづく)
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